きずあと

「どうして言わなかったんだ」
 私を責めるような口調で、フレンが言う。久しぶりの槍の稽古中、私はかすり傷を負ってしまった。ほとんど痛みはないし、おそらく二、三日もすれば治るだろう。そう考えていたのだが、稽古を見ていてくれていた彼は、その傷に気がついてしまったのだ。
「小さな傷だって悪化することもあるんだ。きちんと手当しておかなければならないことは、知っているだろう?」
「ええ。経験上、この傷がすぐに治るということも、ね」
「ジュディス、油断は禁物だよ。百戦錬磨の槍は、その切っ先も鋭いからね」
 怒っているときの彼は、私と視線を合わせない。次に発するべきたくさんの台詞が、いくつか頭を駆け巡った。

「もし傷が残ったら、あなたが責任を取ってくれるんでしょう?」
 手当を終えた彼が、右手を彷徨わせたままに私を見た。
「傷があってもなくても、僕は君と付き合い始めたときに決めている。ずっと一緒にいたいって……君がどう思ってるかはわからないけど」
 消毒液のにおいが、ふいに鼻をつく。彼はまっすぐに私を見つめていた。
「……意地悪ね」
 両腕で、彼をそっと包む。
 浮かんでくるのはもう、駆け引きのための台詞などではない。
「私も同じ、よ」
 平気だったはずのかすり傷が、少しだけ痛む。全身が彼の熱で火照るのがわかった。





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