微熱

「ジュディス?」
 フレンの声が聞こえる。私はまだ眠たいと抗議する瞼を抑えて、テーブルの上から起き上がった。
「おかえりなさい」
 どうやら、いつの間にかうとうとしてしまっていたようだ。今日はどうも調子が良くない。三日も不眠不休で魔物と戦っていたからなのか、体が重かった。
「顔色が悪いね。寝てなきゃ駄目じゃないか」
「だって……」
「僕に会いたかった?」
 私の台詞を先回りできるのは、きっと彼だけだ。
「そうよ。会いたくてたまらなかったわ」
 冗談に聞こえるように、大げさに言う。
「僕もだ」
 もちろんそれは通用しなかったようで、彼は満面の笑みを浮かべている。
「着替えてくる」

 彼が自分の部屋に戻ると、私は作り置きしてあるハンバーグを温めるために台所へ向かった。今日はソースをじっくりと煮込んだ自信作だ。鍋に手を伸ばすと、ふいに目がくらんで、私はその場に膝をついた。ハンバーグがこぼれなくて良かった、と思う。
 十五秒ほどそのままでいると、視界が開けてきた。もう一度立ち上がり、深呼吸する。鍋に火を入れて、戸棚から白いお皿を取り出した。
「良いにおいだ」
 ちょうどお皿にハンバーグを乗せたところで、彼が部屋から出てきた。
「今日は特別なソースだから楽しみに食べて、ね」
 彼はハンバーグを見つめると、子どものように笑った。
「すごくおいしそうだね。ありがとう、ジュディス」
「良いのよ。私も食べたかったんだもの」
「ジュディス」
 台所の真ん中で立ち止まった彼が、まっすぐに私を見ている。
「なあに?」
 何も答えずに私の前に立つと、顔はそっと顔を近づけてきた。一瞬で、様々な答えが巡る。前髪が乱れていただろうか。それとも、寝癖? 眠いせいで、目が充血していただろうか。彼は律儀で真面目だから、これから食事をするというときにキスをすることはないだろう。
 考えている間にも、彼の顔は目の前に迫っていた。思わず目を閉じる。

「少し熱があるね」
 彼は自分のおでこを私のそれにくっつけた。色々考えてしまったことが気恥ずかしくて、顔が熱くなる。彼のひんやりとした熱が、私のおでこから伝わってきた。
「やっぱり熱いみたいだ。用意するから、少し眠ったほうがいい」
「あなたのせいよ。急に顔を寄せるんですもの」
「え?」
 私が言うと、彼はポカンと口を開いた。
「ああ、ご、ごめん!」
「いいのよ。そういうところ、嫌いじゃないわ」
 熱くなっている頬をそっとなでる。確かに熱があるのかもしれない。
「疲れてるのに無理させてしまったね。ありがたくいただくよ」
「風邪かもしれないわ。あなたにうつるかもしれないし、自分の部屋で寝るわね」
「その前に氷枕を作るから。ゆっくり眠らないと」

 急かされるように、部屋へと向かう。着替えを済ませると、ベッドに横になった。彼が戻ってきて安心したせいだろうか、体が重く、視界がぼやけているように見える。
「大丈夫かい?」
 氷枕を抱えた彼が入ってくる。起き上がろうとすると、手で制された。どうやら身を任せても良い、という意味らしい。彼はテキパキとした動作で、私を寝かしつけた。
「何度も言うけど、無理は駄目だ。君はいつも自分の限界以上まで頑張る癖があるからね」
「それはあなたも同じよ。うつるといけないから、戻ったほうがいいわ」
「うん、わかってる」
「ハンバーグが冷めちゃうわ」
「わかってる」
 頷いてはいるものの、彼からは出て行く気配が感じられない。
「うつっても知らないから」
「ああ。そういえば、テッドに聞いたんだけど……」
 どうやら、眠るまで傍にいてくれるようだ。
「頑固ね。私が眠ったら部屋に戻ると約束して」
「わかった」
 私は彼の声を聞きながら、まどろみへと落ちて行った。





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