KISS

「気をつけて欲しいってお願いしたはずよ」
「すまない」
 自惚れかもしれないけど、僕は自分の体調管理には自信があった。最近は風邪など引いたことがなかったし、任務のときは温度変化や気圧・天候も必ずチェックしている。
「おかゆを作ってくるわ」
 ジュディスはかなり怒っているようだった。怒られても仕方がないことをしてしまったのだし、こうなってしまったことへの心当たりもある。頭の中がぼうっとして、僕は思わず目を閉じた。

 彼女と出逢ってから、色々なことが変わった。一番変わったのは僕の心かもしれない。ユーリたちやハンクスさんたちといるときとも、全く違う感覚。皆でいたときよりも二人きりである今のほうが、彼女のことがわからなくなっているような気もする。もちろん、そんなところも含めて僕は彼女が好きだ。
 この熱が風邪が引き起こす熱なのか、彼女に浮かれてしまった僕の熱なのか、もうわからない。

「入るわね」
 卵がゆだろうか、部屋の中に良いにおいが漂う。いつもなら食欲がなくなるはずなのに、彼女が作ってくれたというだけで食べられそうな気がした。
「起きられそう?」
 彼女に促されて、体を起こす。
「このままだと明日はお休みね」
「それまでに良くなるよう努力するよ」
 そう言うと、眉をひそめていた彼女の顔が緩んだ。
「こんなときまで努力するの?」
「君がいるから大丈夫だ」
「ずっとついていてくれたんでしょう?」
「え?」
 思いがけない台詞に、目を丸くする。

「昨日、眠ったあともそばにいてくれた。だから、私の風邪がうつった。そうでしょう?」
 昨日、寝込んでしまった彼女を一人にするのが忍びなくて、僕は約束を破ってしまった。彼女が眠ったあと部屋に戻るように言われていたが、それをしなかったのだ。彼女の怒りの要因はここにある。
「……気がついていたんだね」
「やっぱり」
 彼女が何気ない仕草でおかゆをすくった。僕に食べさせようとしているようだ。
「自分で食べられる……と思う」
「いいから食べて、ね?」
 必死の表情でお願いされてしまった。恥ずかしいような気もしたけど、今は甘えるしかないようだ。

「キスもしたわね?」
 何口かおかゆを飲み込んだところで、彼女が再び声を発した。僕は思わずむせかえった。
「大丈夫?」
 彼女の手が僕の背中をさする。
「もしかして、眠れなかったのかい?」
「いいえ、寝たわ。ぐっすりとね」
「じゃあどうして……」
 ここまで言って初めて、誘導尋問だと気がついた。
「きっとあなたも疲れていたのよ。キスくらいでうつらないわ、風邪は」
「そうだね。そもそも風邪を引いてしまった原因は、君が帰ってくる前日にあるんだ」
 僕は何もかもあきらめて話し始めた。
「わかってはいたけど、君はいない。夕飯も食べずにすぐに眠ったんだけど、夜中に目が覚めてしまってね。体に疲れが残っていたのかもしれない。それから散歩しようと外に出たんだけど、途中で雨にあたってしまったんだ。だから君からうつったということはないよ……その、頬だったし」
「頬だったの?」
 熱に浮かされた僕は、もう彼女に抵抗できない。
「ふふ、面白い人。あなたのそういうところ、好きよ」
「僕も。君の全部が好きだ」
 そう応えると、彼女は少しだけ頬を赤く染めた。








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